物はもういらない

こんにちは。

親知らずが生えてきているminotimuです。

 

 

モノを作るというコトを改めて考えたい。

高校、大学でモノをデザインし作り出すコトを学んできたつもりです、、、。

モノを作り出す上で、参考になるモノを見てきた。展示会や、参考書等々、、。

現代、溢れたモノの中で本当に自分のデザインしようとしているモノは必要か?と思えてきました。

人々の生活が便利になるコトが果たして本当に良いコトなのか?
知恵を絞らない生活が果たして本当に良いコトなのか?
便利になりすぎて人間衰えてやしないか?
最先端が本当に正しいのか?

モノを作り出すが結局は廃棄してしまう。

本当にモノは必要か?

便利になった結果どうなった?
結果的に何ができた?

まぁ、他にも色々とあるけれど、

そのモノがあれば確かに便利かもしれません。
しかし、頭を使って知恵を絞った生活するという妨げになっていないか?
介助しているモノがリハビリの妨げになってやしないか?
逆に助けすぎて衰えさしてやしないか?

本当に人々が豊かになったのか?

正直本当にそのモノが必要か?

話が若干変わりますが、

最近、行きつけのバイク屋さんとお話しする機会がありました。
放置バイク等についてお話しました。
乗り物にならないバイクは解体、廃棄するより海外に輸出するらしいです。
日本は作っておいて海外に輸出する、廃棄は海外に任せている
いわゆる、海外に捨てているということです。
今では海外の受け入れ先も車種を選んでくるらしいですね。

飛行機や車等々は素晴らしい発達だとは思います。
けれども、pm2.5とか、結局自分の首を絞めてるというか、
エコカーだかハイブリッドだかも、結局は開発実験やら製造してる段階で何年乗ってたらその分のマイナスがプラスになるのか謎です。

本当にそれで良いにでしょうか。

 

日本のものづくりの行き着く先を考えてみたい。

私が教わっていた大学の先生方は高度経済成長の中で、ものづくり最前線で活躍してきていた方々でした。
モノがヒトを豊かにしてきた時代の方々です。

しかし、その時代は終わったと私は考えています。

そんな、モノがあるだけ豊かになった時代の話ばかりされても、若干のうんざり感があったりなかったり、、、、。複雑。

今後私たちに求められているのは、作りすぎたモノたちをいかに減らしていくかという事ではないかと私は考えています。

今。情報化社会において、
ミニマリスト
と呼ばれる極限にモノを持たない生活をする人々が増えつつあります。
もう、現代社会は溢れかえったモノに疲れてきているのではないでしょうか。

もうモノは必要ないのではないか。

そうそう、私の中では
工業製品と工芸品は全く違うモノで、
工業製品は大量生産大量消費だが、

工芸品とは、使おうと思えば何十年と使え、美しさ、形に廃れがないモノ、これらは、だいたいが自然物でできています。
人の「心」を豊かにするものであると私は考えています。
こういったものは守り継いで行くべきであると思います。技術は宝だし。

しかし、高校、大学でせっかく学んできたデザイン。
私は私自身の生活を豊かにするために活用していきたいとかんがえています。
素材でタペストリーデザインしたり、家具の配置デザインしたり。

ま、世の中ビジネスとしてモノを作るという事は今後も増えていくでしょう。

ちょいと複雑な今の気持ちをこの場に放り込んでみようと思い投稿した次第。
場合によってはそのうち削除しようかな。複雑。

文才が無いのであれですが。皆さんはどうでしょう。

 

最近読んだ本。
人間の空間

どうぞよしなに。

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